2018年05月10日

仕事 25日目 人は見た目 ではない

 

 こんにちは 今日は6時〜11時まで



人はよく見た目で決まるというけれど




僕はそうは思わない




人は見方で決まると思っている



この人優しそう この人怖そうとか最初に感じた感情はだいたい間違っていない



ただそれがその人の一部分であるということを




認められるかにかかっている



あくまで自分にとってのというところが重要で




ある人を自分がかっこいいと思っても 他の人はかっこいいと思っていなかったりする




何がそのような違いを生み出すのかといえば価値観である




その人がどのような価値観をもって生きているのかで他人の印象は変わってくる



自分のことを省みない人間は他人を受け入れることができない




いや他人のあらを許すことができない



要は自分のことを省みないということは自分の嫌な面を見ないようにしている



または見えていない



人は見た目で決まると思ってしまうのは同じような価値観を持った人が多くいるから




つまり多数派の意見でしかない



ここでいう少数派というのは自分の嫌な部分が見えていてなおかつそれを受け入れている人のことをいう




多数派はプライドが高く完璧主義で自分の理想が高く 自分に無理を強いる




少数派は多数派と同じ理想を持っていても 自分に無理は強いない



あの人はどうだという偏見 決めつけがない



最初から人間を100点からの減点方式でみているのが多数派




少数派は0点からの加点方式 マイナスにはならない



マイナスするということは自分が見えていない人のすること



そもそも相手を100点からの減点方式でみるということは



自分は完璧な存在ですといっているようなもの



そのような人に限って人にどう見られるかをすごく気にする



本当は自分も減点方式でみられていることに気付いているから




それが人は見方で決まるということ



加点方式の人は他人にどう見られているかをあまり気にしない



なぜなら自分自身がいい面と悪い面を持ち合わせていることに気づいているから



そのような人は人を見た目で判断しない




するとしてもこういう人だと決めつけたりはしない




人を本当の意味で見た目で判断できるのはその人の0点の状態でしかない



そっから加点できる人というのは自分の嫌な面 弱さから目をそらさない人



減点する人というのは自分の嫌な面 弱さから目を背けている人




ひとは見た目で決まると思い込んでいるうちは他人のものさしで生きているとしかいえない



ひとは自分の見方で変わると知っているひとは自分なりのものさしを持っているひと




人間関係はいいに越したことはないが、それは自分あっての関係でないと苦しくなる




そもそも人間関係にいい悪いもない




合う合わないは確かにあるが嫌なら関わらないように決断すればいいこと



ただ正直僕は根っからの悪人なんて存在しないように思える



ひとは第一印象ではわからない わかるとすれば根の部分が似ているか似ていないかくらいである




                                                 以上



























posted by こへちろ at 15:42| Comment(0) | 統合失調症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする