2018年05月11日

仕事 26日目 人の性格は見た目に表れる


 今日は診察なのでお休み




昨日、人は見た目でいい人か悪い人かは判断できない趣旨のことを書いた




ただ見た目である程度性格はわかると思う




人間の根っこの部分 根本的な部分は変わらないから




見方とういうのは自分がどう思うかだから 変えられること




性格というのは人間の根の部分なので変えることはできない




性格が変わったと思うのは自分の見方を変えたから




本来根っこの部分を変えることはできない 




優しい 怖い かっこいい かわいいどれも自分の価値観と照らし合わせて判断している




なので自分の価値観が人より秀でているなどと思ってはいけない




強弱をつけることにより人を見た目で判断することになる




合う合わないは確かにあるがそれはあくまで根っこの部分であって




考え方次第で受け入れられる幅は広げられる




受け入れられるということはその分自分の根っこを見ることができているということ




人を見た目で判断するとせっかくのチャンスを無駄にする




あくまでわかるのは本質的なものであって




いいのか悪いのかという曖昧な判断は軽はずみな言動と同じである




性格というのは育った環境が影響しているため変えることはほとんど不可能といってもいい




ただ見方はいくらでも変えられる




この人は性格が悪いというのはいままで出会ってきた人とその人を比べて判断しているから




それはあくまで見方でしかない





その人にはその人の性格というものがある




合う合わないはいい人悪い人と決めつける判断材料にはならない




人間にはいい面も悪い面もある




それが理解できている人というのは



やはり自分の性格を知っている人だと僕は思う




人をいい人か悪い人か二極で判断しているうちは自分のいいと思い込んでいる部分しか見えていない




人には必ず他者に受け入れられない部分が存在する




だからこそそれが理解できている人というのは人に優しくできるのだし




広く受け入れられるのだと思う 




性格というものは自分で決めることはできない




だけれども見方というものはいくらでも変えられるから




人をいい悪いで判断するのは短絡的




人間は他者の一部分をあたかもその人自身の全てと判断してしまう生き物であるということ




性格は見た目に表れるけれどもそれをどう捉えるかは自分次第




いいも悪いもないことに気づけた人というのは幸せな人




そうであると僕は信じている




 aikoの自転車という曲を聴きながらこの記事を書いたのでよければ聴きながら読んでいただけるとまた違った見方




ができるかもしれません                 
 

                                           以上

































posted by こへちろ at 14:45| Comment(0) | 統合失調症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする