2018年06月24日

68日目 見えざるもの


 僕は目に見えるものよりも目に見えないものの方により恐怖を抱く
直接何かを言われることよりも、影でコソコソ言われることの方がよっぽど傷つく
人には想像力という能力が備わっている
実際に存在していないものを存在していると錯覚できる
それが想像力というもの
この能力を駆使すれば人生を充実させることもできるし逆に人生をどん底に突き落とすこともできる
好んでどん底に落ちたいという人はいないだろうけれど
要は取り返しのつかないことにもなりかねないということ
世の中には犯罪を起こしても一切悪びれないひとも存在する
そのようなひとは想像力の力を使って世の中のルールを自分のルールに上書きしている
上書きすること自体は悪いことではないがそれによって誰かを傷つけることことこそが
世の中の悪いことに当てはまるのだと思う
犯罪の定義というのも曖昧ではある
細分化すればいじめだって陰口だって直接的な要因がなくても誰かを傷つけることは誰にでもあること
要は悪いことというのはその起こしたことに対してそれは悪いことだと感じるひとが多ければ多いほど
それは悪いことになる
逆にそれは大したことじゃないのでは 別に悪いことではないでしょと思うひとが多ければ多いほど
それは悪いことではなくなるということ
世の中というのはそういうものだと僕は思っている
表向きの世界は多数決の原理が働いていた 
だが近年いろいろな生き方 働き方が増えてきてかならずしもこうしなくてはいけないというものが
なくなってきている
それは同時に多数決で2択を迫られるのではなく3択も4択も選択肢を選べるようになってきたということ
見えざるものというのはかならず自分の中に存在していて目に見えるものではない
だからこそこれからは自分で考え 自分で判断することがより大切になってくる
多種多様なものが受け入れられることはいいことだが
同時にそれによって犯罪が犯罪で無くなるという日が来るかもしれないということも考えられる
ということを忘れてはいけない





 
 
posted by こへちろ at 19:58| Comment(0) | 統合失調症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月23日

67日目 親という存在

  
 親という存在 それは自分という存在を産み 育ててくれた人




だがしかし子供は親を選ぶことはできない





子供という存在は環境によって 親次第でいかようにも育つ





そして子供は育った環境で特に不足していたものを求めるようになる




それが親の愛情ならば 愛情を 貧乏であったのならお金を





家庭環境は人によって違うし 親の教育の仕方も異なる




そんな中で子供は育ってゆく




子供を産むということは性交をするということ





子供が欲しかろうが欲しくなかろうが





その行為をすることによって妊娠する可能性がつきまとう





子供が欲しいのに妊娠しない 子供が欲しくないのに妊娠した





理由がどうであれこの世に生まれたからには死を待たなければならない




子供には大きく分けてふた通りの育ち方がある





一つ目は親のようになりたいと思って 親を敬いながら育ってゆく生き方





2つ目は親のようになりたくないと思い 親を反面教師にしながら育ってゆく生き方





どちらにせよ親は良くも悪くも子供の参考になる




親のようにはなりたくないと思えば思うほど親と同じような道を歩むようになる





なぜならそう思わせる原因を作ったのが自分の親だからである





自分の親にも親という存在があったことを忘れてはいけない





親のようになりたくはないではなく




自分はどうなりたいのか 





そこをはっきりさせるべき






親がどうのこうのではなく






自分がどうありたいか それが子供に与えられた健全な選択肢の一つであると僕は思う





そして親というのは家系の代表者である





親に家系の全てが詰まっていると考えていい




親というものは家系の悪しき風習を一つでも無くすことが使命だと思うし





良い風習を一つでも作り出すことが親の役割だと思う





子供は親を選べないけれど生き方は選べる






親とは家系の歴史でしかない





そしてそれはかならずしも継がなければならないわけでもない





親という存在は言うなれば自分より先に生まれた存在にすぎない





本当のことを言えばただそれだけの存在





だから親はかならずしも偉いわけではない





そして敬わなくてはいけない存在でもない





一つだけ言えるとすれば親の元を離れることこそが唯一の自由を手にいれる方法であると僕は思う




                                                     以上























posted by こへちろ at 21:06| Comment(0) | 統合失調症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月22日

66日目 だんだんと

 
 仕事を始めて2ヶ月と半分が過ぎた





最初は1日2〜3時間だった勤務時間も日に日に増していき今では1日7〜8時間にまで増えた






正直うちの会社はブラックに近い





今日まで働いて休みが1日しかなかった





1日7〜8時間働いて 土日も出勤




そんな毎日を送っていたら不思議なことに幻聴がなくなってしまった





と言いたいところだがただ単に気にならなくなった





今では自分が統合失調症であることに疑問を抱いてるくらいだ




統合失調症は完治はしないというけれどそもそも病気ではなく






統合失調症というのはその人の性質だと僕は思っている





統合失調症の人は薬を飲む人が大半だと思う





それは症状を軽くしたり 抑えたりするためで 完治させるためではない





そもそも症状というのは普通の人にとってはおかしいから症状として成り立つわけで




案外当事者にとっては普通のことだったりする





精神科の薬は例えるならばカレーライスが好きな人にカレーライスを好きではなくさせる薬を飲ませるようなもの





意味があるのか 効果があるのかどうかはわからないけれど






特別薬を飲んで何かが変わるわけでもないと僕は思う





僕にとっては社会に出ることが一番の薬になった




そして入院し病気と診断された経験があったからいまこうして働けているのだと思う




稼いだお金を好きなものに使えるのも大きい




けやきの『走り出す瞬間』も購入できたし 出水ぽすかさんの画集『pone』も購入できた




まだ4月分の給料しかいただいていないので無駄使いはできないけれど






5月は休みが1日しかなかったのと毎日平均7時間は働いていたのである程度まとまったお金が入ると思う





5月分の給料で僕は液タブを買うと決めている





8万はするけれどワコムの液タブにする予定





購入したらその時に報告はするけれど





それで描いた作品もブログに載せようと思う





だんだんと自分の描いている理想に近づいている





少しづつだけれど着実に進んでいる実感があるし





精神的な余裕を持てるようにもなった




もう過去には戻りたくはないし 同じことを繰り返したくもない






だから僕は少しずつ そして着実に前へ進み続ける





                                        以上

















posted by こへちろ at 17:32| Comment(0) | 統合失調症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする